お笑いコンビ「オアシズ」のメンバーとして知られる光浦靖子さん。実は東京外国語大学の出身で、学生時代はインドネシア語を専攻していました。
一方で、大学生活は順風満帆だったわけではありません。本人は大学に「まともに通ったのは1年程度」と振り返っており、卒業まで8年かかったことも明かしています。
高校は愛知県立成章高等学校、中学校は田原市立田原中学校、小学校は田原市立田原中部小学校を卒業。幼なじみの大久保佳代子さんとは小学校から高校まで同じ学校に通い、大学進学後に2人で「オアシズ」を結成しました。
この記事では、光浦靖子さんの大学・高校・中学校・小学校の学歴を中心に、東京外国語大学の偏差値や大学を8年かけて卒業した理由、学生時代のエピソード、50歳から挑戦したカナダ留学、ダニエルさんとの関係まで紹介します。
光浦靖子の学歴まとめ!出身大学・高校・中学校・小学校はどこ?
光浦靖子さんの学歴は、東京外国語大学→愛知県立成章高等学校→田原市立田原中学校→田原市立田原中部小学校です。
| 区分 | 学校名 |
|---|---|
| 大学 | 東京外国語大学 外国語学部インドネシア語学科 |
| 高校 | 愛知県立成章高等学校 |
| 中学校 | 田原市立田原中学校 |
| 小学校 | 田原市立田原中部小学校 |
田原市が公開している光浦靖子さんの紹介でも、田原中部小学校・田原中学校・成章高校を卒業し、東京外国語大学在学中に大久保佳代子さんと「オアシズ」を結成したことが記載されています。
参考:田原市「私の歩み方 第9回 光浦靖子さん」
出身大学は東京外国語大学!インドネシア語を専攻
現在の所在地:東京都府中市朝日町3丁目11-1
画像・地図:東京外国語大学/Google Maps
光浦靖子さんの出身大学は、国立の東京外国語大学です。当時の外国語学部インドネシア語学科で学び、1999年に卒業しています。
現在の東京外国語大学は府中市にありますが、光浦さんが通っていた当時はまだ府中キャンパスへ移転する前でした。大学公式の沿革によると、府中キャンパスへの移転は2000年。そのため、1999年に卒業した光浦さんの学生時代の主なキャンパスは、当時の東京都北区西ケ原にありました。
参考:東京外国語大学文書館
東京外国語大学の偏差値はどのくらい?
現在の東京外国語大学は、国内でも難関国立大学のひとつです。河合塾Kei-Netによる2027年度入試のボーダーラインでは、大学全体の偏差値は57.5~62.5。
光浦さんが専攻したインドネシア語に近い現在の「言語文化学部・インドネシア・マレーシア・フィリピン語」の方式別ボーダー偏差値は60.0とされています。
ただし、光浦さんが受験したのは現在とは入試制度も学部構成も異なる時代です。そのため、現在の偏差値を当時の難易度としてそのまま当てはめることはできません。あくまで現在の入試難易度の目安として見るのがよいでしょう。
参考:河合塾Kei-Net
大学を8年かけて卒業した理由
光浦靖子さんの大学時代で特に注目されるのが、卒業まで8年かかったことです。
光浦さん自身は後年、東京外国語大学に入学したものの「勉強についてゆけず」、まともに通ったのは1年程度だったと振り返っています。それでも大学を辞めず、最終的には卒業しました。
さらに、受験時についても、地方で塾や留学の経験がない中、学校の勉強に加えて長時間勉強し、読解や英作文を徹底して合格したと明かしています。難関大学に合格した一方、入学後は専門的な語学学習に苦戦したということになります。
参考:文藝春秋「本の話」
大学時代に大久保佳代子とオアシズを結成
大学生活が思うようにいかなかった一方で、この時期に現在へつながる大きな転機もありました。
光浦さんは東京外国語大学、大久保佳代子さんは千葉大学へ進学。別々の大学に進んだ2人でしたが、光浦さんが大久保さんを早稲田大学の寄席演芸研究会に誘い、のちに「オアシズ」を結成します。
光浦さんは、大久保さんと会うきっかけが欲しくてお笑いサークルに誘ったことをエッセイなどでも明かしています。学生時代の人間関係が、そのまま長い芸能活動につながったのは興味深いですね。
出身高校は愛知県立成章高等学校
住所:愛知県田原市田原町池ノ原1
光浦靖子さんは、地元・愛知県田原市にある愛知県立成章高等学校を卒業しています。
2026年度の偏差値は、普通科49、総合ビジネス科48、生活文化科44が目安です。ただし、光浦さんが在学していた1980年代後半とは学科構成や入試事情が異なるため、現在の偏差値は参考程度に見てください。
参考:みんなの高校情報
高校時代は成績優秀!大久保佳代子とは同級生
高校時代の光浦さんは学業に力を入れていたとされ、大学は国立の東京外国語大学へ進学しました。
大久保佳代子さんとは小学校から高校まで同じ学校。2人は地元の女子グループの仲間として親しく、高校卒業後はそれぞれ東京外国語大学と千葉大学へ進みました。
高校時代には音楽も好きで、大久保さんと一緒にライブへ出かけるなど、地元で青春時代を過ごしていたエピソードも知られています。
出身中学校は田原市立田原中学校
住所:愛知県田原市田原町中小路1-1
出身中学校は田原市立田原中学校です。田原市の公式資料でも卒業校として確認できます。
中学時代はテニス部に所属。大久保佳代子さんとはこの頃も同級生で、2人の長い付き合いは学生時代から続いています。
出身小学校は田原市立田原中部小学校
住所:愛知県田原市田原町殿町33
光浦靖子さんの出身小学校は、田原市立田原中部小学校です。
幼い頃から手先を使うことが好きで、小学校時代に手芸と出会いました。現在では手芸作家として作品展を開いたり、書籍を出版したりするほどの腕前ですが、その原点は子どもの頃にあります。
引用元:VOGUE JAPAN
光浦靖子が50歳でカナダ留学した理由は?
引用元:婦人公論.jp
光浦靖子さんは2021年7月、50歳でカナダ・バンクーバーへ留学しました。
本人によると、海外留学は子どもの頃からの夢でした。30年近く芸能界で仕事を続ける中で、このまま同じ生活を続けてよいのか悩み、一度仕事から離れて自分の人生を考えたいという思いも留学を後押ししたそうです。
また、東京外国語大学出身でありながら英語を話せないことが長年コンプレックスだったとも語っています。そのため留学先は英語圏を希望していました。
バンクーバーを選ぶきっかけになったのは、現地で仕事をしていた友人に誘われ、2018年に初めて訪れたこと。その際、偶然会った北斗晶さん・佐々木健介さん夫妻から留学を後押しされたことも大きかったと振り返っています。
カナダ留学の主な理由
- 子どもの頃から海外留学が夢だった
- 長年の芸能生活から一度離れ、自分の人生を見つめ直したかった
- 英語を話せないことへのコンプレックスがあった
- バンクーバーを訪れた経験や周囲からの後押しがあった
その後は語学学校を経てカレッジへ進学。幼児教育を第一志望にしていたものの英語力の条件から進路を変更し、料理を学ぶコースで2年間学びました。カレッジ修了後には就労ビザを取得し、手芸のワークショップなどでも収入を得ています。
参考:婦人公論.jp
光浦靖子とダニエルの関係は?恋人ではなく英会話の先生
引用元:YouTube「光浦靖子のバンクーバーのやすこです」
「光浦靖子 ダニエル 関係」と検索する人も多いようですが、2人が恋人だと公表された事実は確認できません。
ダニエルさんは、光浦さんのYouTubeチャンネル「光浦靖子のバンクーバーのやすこです」に登場する英会話の先生です。
2025年2月に公開された動画では、ダニエルさんについてLA生まれ・LA育ちで、カナダ在住歴20年と紹介されています。動画の説明欄でも「新たな先生を見つけました。ダニエルです」と明記されており、英会話を教わりながらユーモアのある掛け合いを楽しむ関係であることが分かります。
そのため、現在確認できる範囲では「恋人」ではなく、YouTubeで英語を教えている先生・友人に近い関係と見るのが自然です。
光浦靖子のプロフィール
- 名前:光浦靖子(みつうら やすこ)
- 生年月日:1971年5月20日
- 年齢:55歳(2026年8月現在)
- 出身地:愛知県田原市
- コンビ:オアシズ
- 相方:大久保佳代子
- 所属:プロダクション人力舎
- 活動:タレント・手芸作家・文筆家など
光浦靖子さんは、難関の東京外国語大学に合格した一方で、大学では勉強についていけず卒業まで8年を要するなど、決して一直線の学生生活ではありませんでした。
それでも大学時代に大久保佳代子さんと「オアシズ」を結成し、長く芸能界で活躍。さらに50歳ではカナダ留学へ踏み出し、語学や料理を学び、現在は手芸のワークショップなど新しい活動にも挑戦しています。
学生時代から現在までを振り返ると、光浦さんは「得意なことだけを選ぶ」のではなく、苦手なことや新しい環境にも何度も挑戦してきた人だと分かります。大学を8年かけて卒業した経験も、50歳から海外へ飛び出した決断も、現在の光浦さんらしさにつながっているのかもしれませんね。








