矢野顕子の学歴|青山学院高等部を中退した理由や大学進学を調査

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独特の歌声と自由なピアノ演奏で、長年にわたり日本の音楽界をけん引してきた矢野顕子さん。

矢野顕子さんの学歴を調べると、青山学院高等部へ進学したものの、音楽活動に専念するため中退しており、大学には進学していません。

高校在学中にはすでにジャズクラブなどで演奏し、プロの音楽家として歩み始めていました。

この記事では、矢野顕子さんの大学・高校・中学校・小学校の学歴を、学生時代の音楽エピソードとともに紹介します。検索されている本名や血液型、旦那・息子についても後半で簡潔にまとめました。

目次

矢野顕子の学歴まとめ!大学には進学していない

学校学歴
大学進学していない
高校青山学院高等部(中退)
中学校青森市立野脇中学校(現在の青森市立南中学校)
小学校青森市立古川小学校

矢野顕子さんの最終学歴は青山学院高等部中退です。

大学へ進学したという情報はなく、高校在学中から本格化していた演奏活動をそのまま仕事へつなげています。

ソニーミュージックの公式プロフィールにも、青山学院高等部在学中からジャズクラブなどで演奏し、1972年頃からセッションメンバーとして活動を始めたことが記載されています。

矢野顕子の出身高校は青山学院高等部

青山学院高等部
住所:東京都渋谷区渋谷4丁目4-25

矢野顕子が通っていた青山学院高等部
引用元:青山学院高等部

矢野顕子さんは、中学校卒業後に青森から上京し、青山学院高等部へ進学しました。

高校選びで重視したのは、大学進学実績や知名度ではなく、当時としては珍しかった軽音楽部があり、ジャズを演奏できる環境だったことです。

軽音楽部でジャズピアノの才能を発揮

青山学院のジャズ演奏会
青山学院のジャズ活動
引用元:青山学院校友会

矢野顕子さんは入学式を終えるとすぐに音楽室へ向かい、軽音楽部へ入部。先輩たちの前でジャズピアノを弾き、その実力を早くから認められたそうです。

高校1年生のときには、学内の作曲コンクールで優勝。すでに演奏だけでなく、作曲にも非凡な才能を発揮していました。

高校を中退した理由は音楽活動への専念

高校2年生になると、学校外でピアノを演奏する仕事が増えていきます。

資生堂『花椿』のインタビューによると、四ツ谷駅近くのレストランで夕方から閉店まで演奏するなど、多忙な生活を送っていました。やがて学校へ行くのは放課後に軽音楽部へ顔を出すためだけになったと振り返っています。

矢野顕子さんは勉強が嫌で高校を辞めたのではなく、在学中に演奏の仕事が増え、音楽の道へ進む意思が明確になったため中退したと考えられます。

その後はセッションミュージシャンとして経験を重ね、1976年にアルバム『JAPANESE GIRL』でソロデビュー。大学へは進学せず、10代のうちからプロの音楽家としての道を歩みました。

矢野顕子の出身中学校は青森市立野脇中学校

矢野顕子さんの出身中学校は、青森市立野脇中学校と紹介されています。

野脇中学校は1970年に青森市立第一中学校と統合され、現在は青森市立南中学校となっています。矢野顕子さんが卒業した当時は、統合前の野脇中学校でした。

中学生ですでにジャズを独学

中学時代は部活動に所属せず、独学でジャズピアノを学んでいました。

父親の理解と支援もあり、バンド演奏のある飲食店でジャズやボサノヴァを演奏することもあったそうです。青森ではすでに演奏者として知られる存在になっていました。

ジャズだけでなく、ビートルズやグループサウンズなど幅広い音楽を聴いていたことも、後のジャンルに縛られない作風につながったのでしょう。

矢野顕子の出身小学校は青森市立古川小学校

矢野顕子の出身小学校とされる青森市立古川小学校
青森市立古川小学校

矢野顕子さんの出身小学校は、青森市立古川小学校とされています。

東京都で生まれた矢野顕子さんは、医師だった父親の開業に伴い、3歳の頃に青森市へ移りました。青森で音楽の専門教育を受け始め、幼い頃からピアノに親しんでいます。

小学校高学年で「ジャズをやる」と決意

矢野顕子が幼少期に音楽を学んだ音楽研究所
青森明の星短期大学付属音楽研究所
引用元:青森明の星短期大学付属音楽研究所

矢野顕子さんは、幼少期から音楽教育を受けていましたが、小学校高学年になるとクラシックよりもジャズへ強くひかれるようになります。

資生堂『花椿』のインタビューでは、楽譜どおりに弾くよりも、音を聴いて自分なりに弾くことが自然だったと語っています。目が悪く楽譜を読むのが得意ではなかったことも、即興演奏へ向かう一因になったようです。

小学校4~5年生頃には、耳で覚えた海外のポップスやグループサウンズの曲をピアノで弾きながら歌っていたとのこと。現在の自由な演奏スタイルの原点は、小学生の頃にすでに形づくられていたといえます。

矢野顕子の本名・血液型などプロフィール

ピアノを演奏する矢野顕子
引用元:映画.com
  • 名前:矢野顕子(やの あきこ)
  • 出生名:鈴木顕子(すずき あきこ)
  • 生年月日:1955年2月13日
  • 年齢:71歳(2026年8月現在)
  • 出生地:東京都
  • 出身地:青森県青森市
  • 血液型:O型
  • 職業:シンガーソングライター、ピアニスト

矢野顕子さんの出生名は鈴木顕子です。「矢野」の姓は、最初の夫である矢野誠さんとの結婚後から使用しています。

血液型はO型。東京都で生まれ、3歳頃から青森市で育ちました。

矢野顕子の旦那と子供は?息子と娘が1人ずつ

矢野顕子さんは、音楽プロデューサーの矢野誠さん、音楽家の坂本龍一さんと結婚歴があり、いずれも離婚しています。

子供は2人で、矢野誠さんとの間に長男、坂本龍一さんとの間に長女の坂本美雨さんが誕生しています。

坂本美雨さんは歌手やラジオパーソナリティとして活動しています。一方、長男は一般人のため、現在の勤務先など出典が明確でない情報は断定できません。

まとめ

  • 矢野顕子さんは青山学院高等部を中退している
  • 大学には進学せず、10代から音楽活動に専念した
  • 出身中学校は青森市立野脇中学校とされている
  • 出身小学校は青森市立古川小学校とされている
  • 小学生の頃から即興演奏に親しみ、中学生でジャズを独学した
  • 出生名は鈴木顕子、血液型はO型

矢野顕子さんは、青山学院高等部という恵まれた環境に進みながらも、大学進学ではなくプロの音楽家になる道を選びました。

高校を中退した頃にはすでに演奏の仕事を得ていたことからも、学歴より早く才能と実力で自分の進路を切り開いた人物だったことがわかります。

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