報道・情報番組・バラエティ・スポーツ中継・ラジオまで、幅広い分野で活躍しているTBSアナウンサーの安住紳一郎さん。
『THE TIME,』の総合司会や、TBSラジオ『安住紳一郎の日曜天国』のパーソナリティを務めるなど、長年にわたりTBSを代表するアナウンサーとして第一線で活躍しています。
そんな安住紳一郎さんは、どのような学校で学生時代を過ごしてきたのでしょうか。この記事では、出身大学・高校・中学校・小学校までの学歴を、当時のエピソードとともに詳しく紹介します。
安住紳一郎の学歴まとめ
| 学歴 | 学校名 |
|---|---|
| 大学 | 明治大学 文学部文学科 日本文学専攻 |
| 高校 | 北海道帯広柏葉高等学校 |
| 中学校 | 芽室町立芽室中学校 |
| 小学校 | 公表情報を確認できず |
安住紳一郎さんは北海道で中学・高校時代を過ごし、高校卒業後に上京して明治大学文学部へ進学しています。
特に出身高校として知られているのが、北海道内でも上位クラスの進学校として知られる北海道帯広柏葉高等学校です。偏差値も高く、学業だけでなく学校行事や部活動にも力を入れている高校として知られています。
安住紳一郎の出身大学は明治大学
住所:東京都千代田区神田駿河台1丁目1
引用元URL:明治大学、Googlemap
安住紳一郎さんは高校卒業後、明治大学へ進学しました。
在籍していたのは文学部文学科・日本文学専攻で、1997年3月に卒業しています。文学や国語に関心があり、もともとは教師を目指す選択肢も持っていたことが、この進路からも分かります。
大学では齋藤孝教授のゼミに所属していました。後にテレビ番組で共演することになる齋藤孝教授からは、学生時代の安住さんについて「群を抜いて面白い話をしていた」と評されたこともあるようです。
現在の安住紳一郎さんといえば、落ち着いた語り口の中に独特のユーモアを織り交ぜる話術が魅力ですが、その片鱗は大学時代からすでに見られていたようですね。
大学では国語の教員免許を取得
安住紳一郎さんは明治大学で、中学校・高等学校の国語科教員免許を取得しています。
当初は教師の道も考えていたそうですが、大学の掲示板でアナウンサー募集の案内を見たことをきっかけに、アナウンサー試験を受けることを決めたとされています。
つまり、最初からアナウンサー一本に絞っていたわけではなく、教師を目指して学んでいた中でアナウンサーという進路に出会ったという流れだったようです。
北海道から上京し一人暮らしを経験
北海道から東京へ出てきた大学時代は、安住紳一郎さんにとって生活面でも大きな変化があった時期でした。
周囲に知り合いがほとんどいない環境で一人暮らしを始め、本人は後に、寂しさに耐えることや朝きちんと起きること、周囲と比べすぎないことなどを学んだと語っています。
地方から上京し、自分で生活を整えながら大学へ通った経験も、その後の仕事に向き合う姿勢に影響しているのかもしれません。
安住紳一郎の出身高校は北海道帯広柏葉高校
住所:北海道帯広市東5条南1丁目1-1
引用元URL:北海道帯広柏葉高等学校、Googlemap
安住紳一郎さんの出身高校は、北海道帯広柏葉高等学校です。
北海道帯広柏葉高校は1923年創立の歴史ある道立高校で、帯広・十勝エリアを代表する進学校の一つとして知られています。
偏差値は66前後とされており、北海道内でも上位クラスです。安住紳一郎さんが学力面でもしっかりした高校に通っていたことが分かります。
引用元:みんなの高校情報
高校時代はダンス大会で2年連続優勝
安住紳一郎さんの高校時代で特に印象的なのが、ダンス大会での活躍です。
全校生徒約1,300人が参加するダンス大会で2年連続優勝したとされ、本人も当時の自分を「ダンサー」、現在でいう「パフォーマー」のような存在だったと振り返っています。
ニュース番組や情報番組で見せる現在の落ち着いた姿からは少し意外ですが、学生時代から人前に立ち、観客を意識して表現することが得意だったようです。
アナウンサーには、原稿を読む力だけでなく、その場の雰囲気をつかんだり、多くの人の前で堂々と振る舞ったりする力も求められます。高校時代のダンス経験は、結果的に現在の仕事にもつながる経験だったのかもしれません。
野球部にも所属していた
引用元:十勝毎日新聞
高校時代には野球部にも所属していたとされています。ただし、本人のエピソードを見る限り、特に存在感を発揮していたのはダンスや学校行事だったようです。
運動部に所属しながらダンスにも取り組んでいたことから、高校時代は勉強だけに集中するタイプではなく、学校生活そのものを幅広く楽しんでいたことがうかがえます。
高校時代は「町のファッションリーダー」
さらに安住紳一郎さんは、高校時代にさまざまなヘアスタイルやファッションにも挑戦していたそうです。
本人は当時を振り返り、「町のファッションリーダー」のような存在だったと語っています。
吉田栄作さん風のヘアスタイルやパーマ、ウェーブなど、その時々の流行を積極的に取り入れていたようで、現在の端正で落ち着いた印象とはまた違った高校生らしい一面があったことが分かります。
安住紳一郎の出身中学校は芽室町立芽室中学校
住所:北海道河西郡芽室町東6条南3丁目1
引用元URL:芽室町立芽室中学校、Googlemap
安住紳一郎さんの出身中学校は、芽室町立芽室中学校です。
中学時代は野球部に所属していました。後年、当時の集合写真について、片手でバットを肩に乗せた姿をユーモアを交えて振り返っています。
引用元:十勝毎日新聞
中学時代から司会の才能を発揮
中学時代には、3年生を送る会で司会を務めたことがありました。
同級生からは、そのときの司会ぶりについて「今のTBSでのキャリアを含めてもベストパフォーマンスだった」と評されたこともあったそうです。
もちろん当時は将来TBSのアナウンサーになるとは思っていなかったでしょうが、人前に立って場を回す力や、周囲を楽しませる感覚はこの頃から備わっていたようです。
高校時代のダンス、大学時代のゼミでの話術とあわせて見ると、安住紳一郎さんの現在の司会力は、学生時代のさまざまな経験の積み重ねによって育まれていったことが分かります。
安住紳一郎の出身小学校は?
安住紳一郎さんが卒業した小学校については、学校名を特定できる公表情報は確認できません。
一方で、小学生時代については本人がいくつか印象的なエピソードを語っています。
小学校1年生の学習発表会で孫悟空を熱演
小学校1年生の学習発表会では、孫悟空をモチーフにしたお遊戯を演じたそうです。
全身黒タイツに如意棒、画用紙で作った金の輪を身につけ、周囲の同級生が恥ずかしがる中でも、安住さんは堂々と演じ切ったとされています。
幼い頃から人前に出ることへの抵抗が比較的少なく、周囲がためらう場面でも思い切って表現できる性格だったことがうかがえます。
吹雪の帰り道で歌い出したことも
また、小学校1年生の冬には、吹雪の中で下校していた際に松村和子さんの「帰ってこいよ」を大きな声で歌い出したことがあったそうです。
それにつられて周囲の児童たちも歌い始め、みんなで声を出しながら帰宅したというエピソードも残っています。
小学生の頃から自然と周囲を巻き込み、場の空気を変えるような一面があったのかもしれません。
安住紳一郎の学歴まとめ
- 大学は明治大学文学部文学科・日本文学専攻
- 大学では齋藤孝ゼミに所属し、国語科の教員免許を取得
- 出身高校は北海道帯広柏葉高等学校
- 帯広柏葉高校の偏差値は66前後とされる
- 高校時代はダンス大会で2年連続優勝したとされる
- 野球部にも所属し、学校生活を幅広く楽しんでいた
- 出身中学校は芽室町立芽室中学校
- 中学時代から司会役を務め、人前で話す才能を発揮していた
- 出身小学校は公表情報を確認できず
安住紳一郎さんの学生時代を振り返ると、学業だけでなく、ダンスや野球、司会などさまざまなことに取り組んでいたことが分かります。
特に高校時代のダンス大会や中学時代の司会、大学時代のゼミでのエピソードを見ると、現在のアナウンサーとしての話術や表現力につながる経験を、学生時代から積み重ねていたようですね。








